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令和2年度 日本道徳教育学会 神奈川支部

第2回 ZOOMによるオンライン道徳フォーラム
2020.8.22(土)15時~17
於 オンライン会議システムzoom

 
  
   第2回 道徳オンラインフォーラム動画         (ダイジェスト版)   <  ここをクリック  >


  「開会の言葉」(仲川理事)

コロナ禍において神奈川支部でどのような事ができるだろうかと手探りで模索してきました。田沼先生の「このチャンス、この形(オンライン)でやってみよう」というご発声のもと、支部員も楽しみにこの日を迎えました。「神奈川支部という名前はどこにいったのか」と思えるほど、全国の方々が参加してくださいました。これをチャンスとして、道徳について学びたい、研究したいという人がこんなにたくさんいるんだということを力にして進めていけたらいいと思います

「神奈川支部理事挨拶」(三ツ木理事)

道徳が特別の教科となり、教育課程上の位置づけや指導方法、評価方法は従前とは違ってきています。評価については、通知表や要録の記述文の域に止まっていて、評価を指導に生かしきれていません。評価は子ども本人が自らの学びを生かすものであり、自らの成長を実感し、意欲を高め、道徳性の向上につなげていくものでないといけません。教師側からも目標や計画指導方法の改善充実になるものでないといけません。神奈川支部では、「指導と評価の一体化を目指して」という昨年の研究実績をもとに、さらに深めていけたらいいと思っています。道徳科の観点から、子どもたち自ら明るい希望をもって、未来を力強く切り拓く力、幸福な人生をつくっていく力を養っていくための授業実践のあり方を探っていけたらいいと思います。

シンポジウム

田沼支部長から、シンポジウム開催の趣旨説明がありました。
(※以下概要を記載しています。)

今年度のテーマ
「道徳科の指導と評価の一体化が実現でいる授業を目指して

       ~生き方を励まし、勇気づける授業づくり~」

 道徳科の指導と評価の一体化をどのように捉えたらいいのかについて

    一体化を目指す目的は?   何のために「指導と評価の一体化」を目指すのか?

    目的達成のエビデンスは?  「指導と評価の一体化」の先に見える光景は?

    目的を実現する方法論は?  「指導と評価の一体化」実現のための道筋は?

    方法論敷衍化の手立ては?  実践学として「一体化理論」をどう敷衍するのか?

        協議の柱 ↓

    道徳科での指導と評価の一体化をどう理解し、どのような指導体制を構築したり、指導方法等の改善に
取り組んだりすることで実現できるのか?

    そもそも、特別の教科である道徳科でなぜ「指導と評価の一体化」を実現しなければならないものなのか?

    そんな道徳科に対する小学校現場、中学校現場での指導実態等を踏まえたこれからの授業実践の在り方
どうあればよいのか?


 岡山瀬戸内市立国府小学校 尾崎先生より 
  
(※以下概要を記載しています。)

 授業の振り返りは、授業での学びが子ども自身を励まし、勇気づけるものになっているかの視点で振り返るべき。そのためには、子どもが授業に有用感をもつことが大切。道徳科の授業が自己の生き方に意味があるものだと実感しているということ。例として、家で九九を頑張って覚えた児童がいます。あのときの自分の頑張りを今回捉えた道徳の価値と結びつけて、あの時の自分はよかったんだなと自分を認め、自信を高めることができた。こういう道徳科の授業を繰り返すことで、子どもに自信を持たせ、道徳科の授業が自己の生き方にとって意味のあるものだと感じると思っている。
子どもが有用感をもつために、子ども自身が自己を見つめるということを大切にしたい。
子どもが自己を見つめるために、教師のすべき事は次の通り

    今の自己の把握      子どもの実態を把握した上で、明確な視点で振り返ることができる問いかけ

    多様な考えに出会い   適した学習活動を設定したり、子どもの考えを否定せずに受け止める態度

    自己への気付きを自覚   展開で出された考えをわかりやすく板書したり、一人ひとりの学びを尊重する姿

この学びを子どもの自信やこれからの自己への期待、探究心と繋げたい。そのために、子どもの実態把握、内容項目の理解、教材分析が大切。

<深まり>

今の学級の子どもは友情についてどう考えているのだろう
この子たちの課題が友だちとの協力になるなら、この教材をどのように使えば良いのか

<深め方>

学級の子どもはどのような考え方を用いて自己の生き方を考えているのだろう
自分と異なる考えを受け入れることに課題があるなら、人の考えの良さに目を向ける問いかけをしてくといいはずだ

自己の生き方についての考えの「深まり」と「深め方」の両軸から考え、授業の中で子どもが自己を見つめ、その学びが子ども自身を励まし、勇気づけるものになっているか、という視点で評価し、授業改善に努めなければならないと思っている。

 横浜国立大学教育学部附属鎌倉小学校 小倉先生より 
 
(※以下概要を記載しています。)

  指導と評価の一体化を図る必然性
 1.成長を実感できるための評価
    ・何をもって成長とするのか?

    ・こちらが意図をもって、どこで成長を価値づけていくかに意義がある。

 2.授業改善の視点を生むための評価
    ・問いが生まれる授業づくり

    ・個人内の多様な成長をどう捉えるか

    ・35時間をどのように見ていくか


 それを実現するために、
    ・大くくりに児童の変容を見とる
    ・ユニット化複数の教材を1つの単元に重ねることで1つの価値の理解が深まる

    ・事象を多面的多角的な視点でとらえる、児童自身が自分の変容を見やすい


評価方法は手段であって、指導方法、教材、発達段階によって変わる。計画的、柔軟であることが求められる。授業スタイルが1つに固定される事による弊害がある→枠を埋める作業になったり、話し合ったりするように見えても内容が深まらない授業になる。そのため、指導と評価の一体化の目的は授業内容の本質を深める事である。

授業では、具体的な言葉が出てくるといいなとイメージすることが大切。

    問い(思考のズレ)が生まれる教材か。
 ・自分の考え方と矛盾がぶつかれるか。
 ・従来の考え方では解決が難しい部分があるか。

 ・内容項目の奥の深さに出会える教材かどうか分析する。

そのために、教材はどういう特質があって、どう切り口をもっていくかを考えるのが大切だと思う。

    人間理解に立った上で、自分の思いを語れると嬉しい。語りやすい場を学級経営としても作っていって、人の弱さ、自分の弱さを語れる事で理解が深まっていくのではないか。

    板書が構造化することも大切だと思う。他者の視点、友達の思いを受けて再思考するためには、板書が大切。一時間の情報量も多い。掲示物の有無など、どうすれば、子どもが思考の足がかりにできるかを考えるのが大切。

  岩手県盛岡市立厨川中学校 及川先生より 
  
(※以下概要を記載しています。)

指導と評価の一体化について
 ・本気で考えたくなる授業   ・仲間と話し合いたくなる授業   ・認め励まし、さらなる成長を促していく授業

このように授業の質を高め、価値観を揺さぶるような授業を行って、初めて評価を語れるのではないか。

本校では、評価と併せて授業改善を一番に据えている。

    校内研究会での学習会と演習
・ワークショップ型研究会で教師同士の学び合いを深めている。
・演習を中心に、よりよい授業のあり方を考えている。
 教科書の指導書をベースに、陥りがちな問題点に対し、どんな工夫ができるかを話し合う。浅い理解に留まってしまうものを、補助発問や追加資料で深い学びに繋げる内容。発問、板書など、引き出しを増やせるようにした。本音が出にくい、いじめの教材で意見を引き出す方法を考えた。
 授業の質を高めることで、子どもの学びを深め、よい評価に繋がることを確認した。また、自分の授業を評価することにも繋がるので、ここに指導と評価の一体化が図られている。

    毎時間の授業をサポートするもの
ポイントシート・・・授業で譲れないポイントを説明したもの。指導案と板書例に手書きをした物を配る。道徳の苦手な先生にも指導書を使えば授業が出来ることを実感してもらうのが目的。

    カリキュラムマネジメント
中学校では、家族愛に内容項目の扱いは難しく、低学力、虐待、生活保護など、厳しい現実がある。希望をもって未来を切り拓く力と心を育てるためには、カリキュラムマネジメントが重要になってくる。いくつかのパッケージ型ユニットを組むことによって、高まりや深まりを見据えた連続する学びの実現を目指している。いじめは、多面的・多角的に考えて深めていきたい内容。連結型ユニットタイプ。
個性を生かした授業展開を行った。学期のふりかえりシートには、複数時間の学びによる深まりからくる気づきや変容が多く記述されていた。成長が見えるという意味では、ユニットの効用は大きい。いのちのユニットを今後予定している。生命の尊重と思いやりを組んだ。同一の価値内容をさまざまな切り口から学んでいく。先生方に材料を集める宿題を出しているので、今後の授業が楽しみ。

麗澤大学大学院准教授 富岡先生より 
 
(※以下概要を記載しています。)  

評価をする事で、生き方を励まし、勇気づける授業づくり
何を目指して教育に携わっているのか?教育の目的は人格の完成。
教員で子どもを送り出すときには、「世の中、色々あるけれど、がんばってやってこいよ」と、背中を押して励まして勇気づけることが私たちの仕事

道徳の起源・・・評価の一つのポイントになる。人間は集団で他者との協力、集団の中で生活しなければい
けない。人はひとりでは生きていけない。こればサブテーマに繋がると思っている。

評価について 今までも道徳科の評価は診断的評価、総括的評価、形式的評価をやってきた。例えば、道徳科の時間にコメントをつけて返すなど。道徳の評価は、今までやらなければいけなかったのに軽視されてきたのではないか。 指導と評価の一体化のためには、ねらいの明確化が大切。そのためには、道徳科の目標に書かれている、道徳的な価値の理解、人間理解、他者理解ができているか、価値に対する自分を見つめる、物事を多面的・多角的に考えているか、自己の生き方について考えている等、これらを指導案の中に盛り込めば、具体的になって、指導と評価の一体化を図れるのではないかと考えた。

評価「生き方を励まし、勇気づける授業にするために」につなげるためには?
 〇〇さんの意見が参考になりましたか?これをまとめて、発言した人に返してあげて、個に関する成長とともに、あなたの考えは他者の役に立っているよと、フィードバックしてあげる事が評価の中で伝えられると、その子にとって勇気づけられる、励まされる評価になるんじゃないかと思う。

 知識・技能、思考判断表現力、学びに向かう力の観点を道徳科で生かさないといけない。

道徳科では、その3つは目標で、強く意識し、指導と評価の一体化を図ることが重要。
道徳の授業の中で重要なのは、自ら問いを立てられること。将来、どういうふうに世の中がなっているかわからない。だから思考力・判断力をつけていく。与えられたことを考えるのではなくて、自ら問いが立てられることが自分たちの人生を切り拓いて、より豊かな人生にしていけるという資質能力になっていく。最終的に自分の生き方がより豊かになって、それが励まされて勇気づけられる授業づくりに繋がるんじゃないかと思う。


尾崎先生 聞いていて感じたことは、指導と評価の一体化。評価はこれまでもやっていたのは同じ。昔から、認め励ます評価であった。子どもへのコメントについては、子ども自身の励ましにはなると思っていたが、授業改善につながるとは思ってなかった。理由は、価値をとらえられていたかどうかで見ていたから。捉えた価値が子どもにとって重要な価値だったかは抜けていた。一人ひとりの生き方をどう豊かにしたかという視点は抜けていた。道徳科で育てるべき思考力について、もっと明確にしたい。それをはっきり持てば、どもにとって生き方にプラスになると言えるのではないか。

富岡先生やった内容がその子にとって、どれだけものになったか。それをどうやって検証するのかが難しい。

尾崎先生
 どれだけその授業が子どもにとって価値があったのかは、導入でどれだけ課題意識をもっていたか。これまでの自分をふりかえって、何がたりないとか、埋めていきたいとか思わないと学びがどれだけ重要だったかにならない。教材そのものに対する問いと、自己の生き方に対する問いがある。その両方を繋げることが大切。

 問いがしっかり持てていれば、その授業での学びはその子の人生にとって意味のあるものになる。

小倉先生  「生き方を励まし勇気づける授業」今の子どもでイメージすると、子どもがモヤモヤするね。授業後にモヤモヤは残るけど、他の人の考えがわかった。というような事がそれにあてはまるのかなと思った。この黒板の板書を持ち帰りたいからちょうだいと言っていた。子どもにとって、そういう授業になったら、特別なのかなと思った。

及川先生
 問いに対する質が大切。思考のズレはなるほどと思った。導入で課題意識をもたせる、自分ごととして捉えるために導入を設定することと、問いを自分でたてる力をもって人生を切り拓く力をつけることは、実は一致していることだと感じた。

小倉先生
 子どもたちにどんな説明をして、問いを引き出す授業の展開を行っているか。例えば、親切に関する授業があるとき、子どもたちが親切をどのように捉えているかなと考える。教材は何も言わないのが親切とあったら、「僕たちの思ってる親切とは違うな」という絶妙にずれているときに子どもたちはエネルギーが出る。ズレは、最初に提示したものと教材と出会ったときのズレ。途中でズレが見えてくるものもある。問いを立てるために、聞きたいことを押し付けないことが大切。

尾崎先生
 子どもから問いを出すようにという授業をしてきている。内容項目によっても、その時間だけでは問いを立てられるものと、立てにくいものもある。問いを考えると、深いものがあって、やればやるほど、全体像が見えてこなくなって、自分自身まだ迷っていて参考になった。

新潟大学教職大学院准教授 尾身先生より 

指導と評価について考えるとき、3つのキーワードがある。

    道徳授業を「シンプル」にとらえる
一部の先生ができる授業ではなく、みんなができる授業をめざす。

    指導と評価における「多様性」を重視する。
指導の多様化、評価の多様化が実現できる。

    道徳における「ともに」のスタンスを大切にする。
道徳の指導と評価の一体化のために、問いを子ども自身がどのように作るのか。

   今次の指導過程では、考える授業、議論する授業を作っていく。自分との関わりで考えているか、他者との関わりから多面的・多角的に議論しているか、評価する場がシンプルになった。シンプルな指導と評価を成立させるのは、学級内の支持的風土。安心できる場の中で道徳の授業に臨む。授業っていいなと思える有能感を持たせる。
 指導と評価の一体化によって、力を入れる部分が変わってくるのではないか。指導においては、色々な指導法、ローテーション道徳など、様々な関わり方ができるという多様化、評価においてもエピソード、パフォーマンスなどの多様化が期待されている。

 指導と評価が一体化されて、多様な指導法を工夫する、多様な評価を用いていく。それを実践するには、教師、子ども、友達、地域や保護者も評価や授業に参加する人として巻き込んで、ともにつくる道徳授業が子どもたちの指導と評価の一体化につながる。

國學院大学文学部教授 澤田先生

(尾崎先生へ)
 尾崎先生の「深まり」と「深め方」見方(概念)、考え方(理論)について、人の良さの考えについてのといかけが参考になった。他の教科の見方、考え方との整合性は?

(小倉先生へ)
「成長が実感できるため」「授業改善のため」どちらもダイレクトにかみ合わないところをどのように考えているのか。「心の弱さが語れるか」小学校は概念的思考が中心になるが、心の弱さまで行き着くか。発達段階において心の弱さのレベルは、どの程度まで考えているのか。

(及川先生へ)
家族愛が一番難しいと思っていたので、現場の先生の情報はありがたい。
 現代的な課題は、小学校はSDGs、中学校は生命倫理(いじめ)が入ってきた。及川先生がいじめの問題を取り上げるとき、どんな内容項目を関連させたのかが気になる。現代的課題のところで、内容項目の強弱、どういうねらいなのか、先生方の光の当て具合が提示されているのか気になった。

(富岡先生へ)
 成長を実感できるための評価。個に関する道徳的成長を評価して励まして勇気づける。テーマは「生き方を励ます、勇気づける」だが、どんな時に子どもが励まされたと思うか、勇気づけられてると思う時はどんな時か、そもそも勇気とは何か。
 
 権利と義務は、表裏の関係・・・どのように考えるか。小学生と中学生の権利と義務を考えさせるのは難しい。そういう事を考えられる教材はあるのか?皆さんから教材に対する不満が出ない。私が作ろうという気持ちが大切。教材を作って、教科書を良くしていかないといけない。

(尾崎先生)
 深まり、深め方、線引きができていない。道徳でどういう力をつけているのかを明確に話せる先生が少ないように感じる。

(小倉先生)
 単元がはじまる前に、みんながいるとはどういうこと?、終わった後に、みんながいるという単元のふりかえりを書き、視点が広がっていることを子ども自身が実感できる場を用意する事が成長を実感することだと思う。Beforeafterで自分の変化を子ども自身が自覚している場合と自覚していない場合があるので、教師が何をコメントするのかが大切。
 信じる事ってどういうことというユニットを組み、最初に友達を信じるってどういうこと?を学習し、次に自分を信じるってどういうこと?という学習をやってみた。内面、本音、弱さを語っていくことで、ねらいに到達できる事もあるのだと思った。

(及川先生)
 家族愛は、やり方に非常に配慮が必要だが、しっかりと考えさせなければいけないので、難しいと捉える教員が多いのではないか。生命倫理の内容項目は、複雑に様々な視点があると思っている。どの視点から切り込むのかを押さえてから、授業をやりましょうと言っている。

(富岡先生)
 「生き方を励まし、勇気づける」は、いつでも誰からでもというわけではない。先生との人間関係が大きい。毎時間というわけにはいかない。自分が悩んでいる時、苦難に面している時に、先生が一言評価が大きな要因になる。その人と先生との関わり、その時のポイントで違う。

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 < 一般参会者の方々より >

中橋先生)
 有用感・・・役立ちの実感に伴うもの。結果に注目してしまう。役立たないと実感できないというので、用語をどのように使われているか迷う。評価の方法の具体だが、心の弱さを語れる。自分にはできないことを認める事を言っただけでなく、勇気づけられた、励まされたという実感をもつためには、どのような手立てを取ればいいのか。
(尾崎先生)
 有用感には違和感があった。私が考える有用感は、道徳で学んだことを実践して役立ったも含んでいるが、おもしろい考えに出会えた、こういう考えもあったんだという、それが先の人生で役に立ったも有用感と捉えている。
(尾身先生)
 授業って楽しいなと言っていたので有用感を使っているのかと思った。授業づくりの説明で、子どもたちに自信が生まれると話していたので、有用感と有能感の2つの意味で使っているのだと解釈していた。
中橋先生)
 有用感は、結果が良いなら上がるけど、出来ないなど弱さを見るときに、それが自己の高まりと捉えられるかという難しさがある。授業での活躍と道徳の高まりは同一視していいのかというのは疑問。

門脇先生)
内容が子どもにとって重要だったか、重みがあったかという見取り方について知りたい。
(尾崎先生)
 導入で子どもが自分自身の生き方について、課題意識をもたないといけない。終末で振り返るときに、今日、学んだことが今後、自分に役立ちそうか生かしていけそうかがみえると思う。「今後、どんなことを大事にして生きていきたいですか。」と聞く。なぜそう思ったかの理由を書かせるようにしている。その理由の中に、「今までは~だった」「教材の~という所に心が動いた」など、理由にどれだけ自分が入っているかを見るようにしていて、授業評価をしたり、どれくらい自分を見つめながら学習したのかを見たりするようにしている。
(富岡先生)
 子ども一人ひとりを見取っていくこと。子どもに対する眼差しをよく見取ること。子どもたちの意識をいかに洗い出していくか、把握していくかに尽きる。
門脇先生)
 一人ひとりに独自の思考の道筋がある。人によっては、言語的な所で見取る事もできるし、ノンバーバルで見取れる事もある。教師が一人ひとりをどれだけ見取っていくか。どう道筋を見ていくのかが大切。教師と子どものともに気付いていく喜びを教師自身が実感できる事が大切。

中野先生)
 シンポジウムのタイトルとサブタイトルにずれがあるのでは?
指導の在り方、評価の在り方を言って終わった。並列のまま終わって、一体化してないように感じた。
中教審が出した「評価の在り方について」では、「指導の評価の一体化を図るためには、児童生徒一人ひとりの学習の成立を促すための評価をという視点を一層重要視することによって、教師が自らの指導のねらいに応じて授業の中での児童生徒の学びをふりかえり、学習や指導の改善に生かしていくというサイクルが大切である。」とある。
 指導をしたらそれを評価し、その評価を見て指導を改善し・・・のサイクルが指導と評価の一体化だと思う。
今回、行った指導からどういう評価が得られ、その評価からどのように指導の改善をしたのかが見られていなかった。
(富岡先生)
 指導と評価の一体化は必ずしもらせん状になるとは思ってない。毎時間の授業が勝負なので、自分の中で、指導、評価、改善が少しずつ蓄積していく。個人的な教員として、1つひとつ指導技術を身につけていくという意味で、毎時間評価をしていく必要がある。
中野先生)
 国研のHPを見ると、道徳だけが「指導と評価の一体化のための参考資料」が出ていない。特別の教科道徳科の評価の方法が出ているが、それでいいのか。指導と評価の一体化については、道徳はまだ進んでないなと思っている。

(浅見先生)
 道徳科の評価では、道徳性が見とれない。学習状況を見取る。多面的・多角的な見方に発展しているか、道徳的諸価値を自分との関わりで深めているかを重視している。どうしてこの二点を重視しているかというと、多面的・多角的に見方ができるようになれば、視野が広がってきて、よりよい判断ができるよう人間になる。自分自身との関わりで考えられるようになると、常に自分を客観視、メタ認知の能力が身についてくる。道徳の授業では、道徳性を養うことを目的としているが、この考え方、見方ができるようになる事が、子どもたちがよりよく生きる事に繋がると考えている。
 学習を保障するためには、指導を充実させなければいけない。指導を充実させないと、学習状況の評価は難しい。多面的、多角的な考え方をさせるために、どんな発問の工夫をすればいいのか等、研究をすることによって、初めて子どもたちの学習状況として学びの姿が見えてくれば、評価がしやすくなる。よりよく生きるための道徳性を養うとともに学習から学ぶべき見方や考え方も身につけていくと、よりよく生きる資質能力も身につけられるのではないか。

(尾身先生)
 リフレクションインアクション(ドナルドショーン1930-1997)・・・学びや考えにもとづいて、教師がどんな手立てを振り返って、その場で子どもに相応しい対応を取っていき、学びをつくる。
 授業前に計画を立て、一時間終わって評価をするような指導と評価もあれば、授業の中で指導を行いながら、道徳性の実態を見ながら、子どもたちと一緒に授業を作っていくのも大切ではないか。

(関根先生)
 どのようにねらいを立てて、ねらいに対してどのように到達したかを測定することが大切。評価は、改善まで含めた概念である。改善するためには指導がないと方向性が見えない。道徳の場合は、指導と評価の一体化は一般教科とは違い、混乱しているのではないか。ねらいに対して、どのように変容したのかを見える化して測定していくのが課題である。

(東風先生)
 道徳の教科化になったとき、教材として自由に考えられた。教材について課題が出て来た。指導と評価の一体化を図ったとき、課題意識や問いに対して、ふさわしい教材がない場合どうしたらいいか。ユニットを一般の教諭が教科として、きちんと指導できるのかどうか。特別の教科道徳として、検定教科書のある道徳科の授業では、違った部分を重視しなければいけないのでは?問いと教材がどう結びつくかが今後の課題になるのでは?

(鈴木先生)
 各教科は、見方、考え方、達成規準があるが、道徳の場合は内容も方向目標である。自分で基準をつくって測定せざるを得ない。測定するのは難しくて、授業の中で子どもたちの声を拾っていってると思う。これから何か軸を作って子どもたちがどんな指導でどんな変容をしているかを探っていく時代だと思う。


~最後に一言ずつお願いします~

(尾崎先生)
 他教科と道徳の違い。検定教科書になったからこその道徳についても、これから考えていかなければいけない。

(小倉先生)
 やったことを見直すきっかけになりました。教材の選定はこれからも新しい視点で考えていきたい。

(及川先生)
 課題づくりと問いについて、たくさん勉強したので、そこを埋めていけるといい。

(富岡先生)
 メインタイトルとサブタイトルに乖離がある。教科化になって、道徳科が分析的になることが好ましいと思ってる。

道徳は本来、子どもが幸せになるためのものだよね。「道徳って楽しいよね」というものを足元に置いて授業や研究をやってもらえればと思う。

(尾身先生)
違うから面白いと思う。色々な思いがある、それをこうやって出せるのがいい。

(澤田先生)
道徳科の授業は乗り越えることが難しい人間のもっている悲しさのようなものと、教員として寄り添っていけて、子どもたちが温かい気持ちになれる授業を展開してくれることを期待している。

・・・シンポジウムを30分延長し、熱い議論が行われました。
それでも熱は収まらず閉会後も有志による議論が続きました。

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「オンラインフォーラム総括」(根岸副支部長)
 コロナにおける緊急支援企画とし、全国の皆様とZoomですが、お会
いできてお話できることに幸せを感じています。特に、シンポジストの方々の貴重なご提言、指定討論者の方々のご意見によって有意義な会になりました。
 テーマである、指導と評価の一体化に違和感を感じている。道徳科ではねらいである道徳性は簡単に評価できない。一人ひとりの学習状況を評価する時点で、ねらいから切り離されている。道徳科は道徳性の育成を目指しているが、道徳の評価はできないが、一体化などがあり得るのかという疑問があります。
 学習状況は道徳科の授業における子どもの学びの姿であり、子どもは道徳的価値の理解をもとにして、自分を見つめて、物事を広い視野から多面的・多角的に考えて、自己の(人間としての)生き方について考えを深める姿である。このような学びの姿があるからこそ、道徳性が養われていく。道徳科はこの学びの姿のようすを評価していく。これがまさに指導と評価の一体化だと思う。「生き方を励まし、勇気づける授業」とはどんな授業か。その前提にあるのは、子どもを教師が理解していくこと、子どもの見取りをしっかり行っていくことです。
 以前、明治大学の諸富先生から、道徳科の授業の実践の話を伺った。副担任がT1をやり、学級担任がT2となって1人ひとりの学習状況を観察し、授業の最後に1人ひとりの良かった所を発表した。すると、表情がみるみる笑顔になっていった。これはまさに、生徒1人ひとりの生き方を励まし、勇気づける授業だと思う。授業の評価は、授業の中ですぐに返すことが大切と諸富先生が話していた。生き方を励まして、勇気づける授業を行った毎週積み重ねた結果が、学級担任からもらう通知表での評価になるのかなと思う。学級担任からもらった生き方を励まし、勇気づけられた連絡票を受け取った子どもや保護者からのコメントについて、逆に、担任が生き方を励まされ、勇気づけられるのかなと思います。
 今回のシンポジウムは、道徳科の一番押さえなければいけない肝だったのかなと思います。

「閉会の言葉」(大矢広報委員長)
 まだまだ熱く語りたい事が多いと思います。さらに活動を充実させて、
こういう事態でも、道徳の事についてみんなで熱く語っていきたいと思います。12月に「研究大会」、9月か10月には「学習会」も予定しています。ぜひ、いろんな方を誘って参加していただければと思います。

次回の学習会の日時は、HPにてお知らせいたします


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